Project Story
プロジェクトストーリー
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類を見ない座組だからこそ生まれたプロモーション
全2回連載
インタビュー・文:大曲 智子
湯浅政明監督の最新作となる劇場アニメーション『犬王』。2022年5月28日に全国公開され、コロナ禍という不利な状況ながらロングランヒットとなった。去る2023年5月3日にも、横浜・赤レンガ倉庫で開催されたイベント「SEASIDE CINEMA 2023」の一貫として野外上映されるなど、今なお熱狂は冷めやらない。
常に次作が期待されるトップクリエイターが集って制作された本作は、プロモーションにおいても類を見ない独自の手法が取られた。アスミック・エースで宣伝に携わった田邊彩樹、中島航、有田真代に、『犬王』ならではの宣伝施策を細かく聞いた。
原作は古川日出男さんによる小説。熱狂的なファンを持つ湯浅政明監督で、実写作品で大ヒットを飛ばす野木亜紀子さんが初めての長編アニメ作品脚本を担当されました。キャラクター原案は松本大洋さん、音楽は大友良英さん。主役の二人を演じたのはロックバンド女王蜂のヴォーカルであるアヴちゃん(犬王役)と俳優の森山未來さん(友魚役)という、布陣だけを見ても強い個性を持った独特な作品です。それを踏まえて宣伝プランはどのように建てていきましたか?
中島:『犬王』は宣伝の布陣も特殊なんです。宣伝プロデューサーの田邊はアニメ事業部で、私は普段は実写映画の宣伝をやっている映画宣伝部。私が他のメンバーがいるアニメ事業部に社内出向するような形で、宣伝チームに加わりました。
田邊:映画の企画が立ち上がったときは、製作プロデューサーの竹内文恵と海外担当の加藤舞、そして私と中島のチームでしたね。当初から宣伝について「普通の宣伝メニューをやってもダメだよね」と話していました。
普通のことをやってもダメというのはどういうことでしょう。
田邊:立ち位置がちょっと変わった作品なんですよね。漫画原作ではないし、TVアニメシリーズの続きでもない。それでいて150館ぐらいという中規模公開の作品って、最近では珍しいんです。宣伝も手探りの中で始まりました。
中島:だからこういう部署を横断した通常とは異なるチームメンバーになったんだと思います。
田邊:我々が宣伝にジョインしたのは、2019年のアヌシー国際アニメーション映画祭に『犬王』が上映されることになったタイミングからです。宣伝の指針として、早い段階から海外のマーケットに出し、話題を作ろうと。もう一つ大事な点があり、それは「広く浅い宣伝はやめよう」ということ。コアなファンの方たちが温まることで作品の良さは広がる、それを絶対に忘れないようにしようと。原作のファンや湯浅監督のファンの声を信じようというところを起点にしていますね。それを強くするための海外戦略でもありましたし、あとは同時期に弊社でTVアニメ「平家物語』を製作していたこともあり、この二作をつなげることも積み上げのひとつとして考えていました。
中島:実写作品だと、まずはコア層をしっかり温めるという宣伝戦略もトレンドになりつつあります。弊社が共同配給した『カメラを止めるな!』の盛り上がり方はその良い例だと思いますが、150館規模の作品でコアターゲット戦略を行うことは非常に勇気がいります。一方で、アニメ作品にはコアをまず温めるという文化自体がずっとあったんだろうなとも感じていました。『犬王』が150館規模にも関わらず、コアターゲットに絞って狭く深くというやり方に踏み切れたのは、アニメ映画だからできたことかもしれません。
先に海外の映画祭に出品し話題を作った後に、いざ国内での宣伝となったわけですが。
田邊:公開までは、湯浅監督を長年応援しているファンの方や、映画マニアやアニメ好きの方たちが支持してくれていましたが、公開すると20代のアニメファンの女性が一気に増えました。主役の犬王と友魚の2人の友情をブロマンスの関係として捉えていたファンの方もいたんですね。想像していた以上にその方たちの力が強かった。普段からSNSを使いこなしているし、発信力も高い。それを知って私たちもすぐに対応しました。宣伝チームで常にTwitterに気を配って、タイムリーにその波に乗ることを心掛けました。
中島:キャストのアヴちゃんと森山未來さんが公私ともに親しかったというのも大きかったですね。お二人とも芸能分野の第一線で活躍されていて、そこも劇中キャラクターに近かった。劇中設定と実際の関係性がリンクしているということは、 “エモさ”として押し出していけそうだなと思いました。それにアニメファンだけを狙っていくにはもったいない作品だなと思っていたので、このキャスティングは素晴らしいなと。アヴちゃんと森山さんが本職の声優ではないので、アニメをあまり見ない人も引っ張ってきてくれるんじゃないかと。アニメファンを超えて、さらに広い範囲に刺さる可能性を秘めているなということは、初めて見たときから感じていました。
公開後、コアファンに向けてはどのような施策を行いましたか。
田邊:アニメ専門誌メディア「アニメスタイル」さんと一緒に、阿佐ヶ谷ロフトで湯浅監督と総作画監督の亀田祥倫さん、中野悟史さんによるトークショーを行いました。コアなアニメファンの方にはかなり喜んでいただきましたね。六本木の書店、文喫では、原作の古川日出男先生と本作に琵琶監修と演奏で参加していただいた後藤幸浩さんによる琵琶と朗読のイベントも行いました。こちらは原作や文学が好きな方などに大好評でした。どちらも小規模なイベントでしたが、広げすぎず、深く掘ることを重視した結果でした。コアファンを絶対に軽視しない。その上でライト層にも動いてもらえたらという思いで、Twitterは“友情エモ”推ししたりしましたね。
「#犬王見届けようぜ」「#犬王ネタバレ」というハッシュタグを推奨したりとSNSを大きく活用していましたが、映画の宣伝においてここまでSNSの反応を見るものですか。
田邊:アニメ作品はかなりTwitterを重視しますね。私たちもツイ廃になるぐらいの勢いで観察していましたので(笑)。TwitterとTikTokに公式アカウントを作り、ここ(SNS)だけで見られる・読める切り口、ファンの方がノリ易いネタを試行錯誤してきました。
中島:我々が出す宣伝施策や予告編などを受けてお客さんはどんな印象を受けているのかがダイレクトにわかるツールが、Twitterだと思います。今、どんな文脈が生まれているのか?こちらが仮説として立てているターゲットや反応は正しいのか?ズレているのか?の参考にもなります。思いもよらない有名人が作品に触れていたらリツイートしたり、所属事務所にご連絡をして協力を仰ぐこともありますし。
田邊:やってよかったなと思ったのが、ロックの日である6月9日にSNS上で行った「犬王フェス」という企画です。『犬王』を見た方々から「ロックフェスがやりたい」という意見がたくさん出て。ただコロナ禍だったので人を集めることはできない。じゃあSNS上でやってみましょうということになり、本編でも特に盛り上がる「鯨」映像のWeb解禁に向けて、「#犬王フェス」「#ロックの日」というハッシュタグをつけながら、すでに本編を見た人たちにも参加していただく形で集中投稿していきました。前日にアヴちゃん、森山さん、野木さんが舞台挨拶に登壇したので、そのときからお客さんにもハッシュタグをつけてつぶやいてもらい、映像の解禁時間にTwitterに待機してもらうという。集中的につぶやいてもらうことで、かなり盛り上がりました。
「無発声“狂騒”応援上映」と名付けた、いわゆる応援上映も多数行っていましたね。ペンライトを振ったり拍手をしながら見ていいというもので、歌のシーンではスクリーンに歌詞も出していました。
田邊:『犬王』はミュージカルなので公開前から絶対にやりたい!と言っていたんですが、応援上映の実施って実は難しいんですよね。
有田:アニメのコア層では応援上映という文化が確立しているものの、公開日を迎えてみないと劇場さんとしては実施の判断がしづらかったり、事前の参加方法のご案内などケアすべき事柄も多いんです。ですが、公開直後からSNS上では「応援上映で見たい」という声が本当に増えていたので、劇場窓口のアニプレックスさんと協力して、これは何とかお願いしよう! ということになりました。
田邊:応援上映は、6月13日にバルト9で行った「無発声“狂騒”応援上映」が最初でした。応援上映の起爆イベントとして派手にやりたくて、音楽の大友良英さんと琵琶の後藤幸浩さんに生演奏をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。
中島:大友さんは長編アニメの劇伴制作は初めてということで、作品に強い思い入れを持ってくださっているように感じました。演奏曲の提案もしてくださいましたし、その後の「ひろしまアニメーションシーズン2022」でも『犬王』の音楽をお二人で演奏していただきました。
有田:7月29日には、「生コメンタリーつき応援上映」を行いました。本編を上映しながらアヴちゃん、湯浅監督、野木さんがトークをするという副音声のような形でお願いしたら、アヴちゃんがライブのように歌ってくれて、ここでしか体験できない応援上映になりました。ファンの方の熱が直に伝わる場だからこそ、歌ってくださったんだろうなと思いました。
中島:森山さん演じる友魚が歌っているシーンで犬王役のアヴちゃんが生でハモリや合いの手を入れてくれて、生でご覧になった方には本当に貴重な体験になったと思います。応援上映と言えば、7大都市同時応援上映という企画もやりましたね。6月27日に全国7か所の劇場で応援上映をするという。そして、公開から1年になる今も応援上映が続いています。
田邊:7大都市同時応援上映は本当にやってよかったですね。『犬王』って1週目と2週目で興行収入があまり落ちず、熱量がキープされていた感じだったんです。もう一回起爆させたいと劇場の方も思ってくれていたようで、実現することができました。
中島:応援上映やTwitter上での細やかな施策などは、宣伝ターゲットをコア層に絞ったからできたことだと思います。『犬王』はコア層を手厚くしたことが功を奏しました。熱量が高い方々に、もっと熱くなってもらおうという指針が宣伝チーム内で統一されていたので、結果として多くの人の記憶に残る作品になったんだと思います。
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